精神疾患は「心の病」か?

 「Mental Illness」は「精神疾患」「心の病気」という意味ですが、これらを「マインド」、すなわち「心」や「精神」から発する病気であるとする前提を見直す必要があるのではないかと近頃思うようになりました。また、英語で「He is mental」というと、「彼は頭がおかしい」という侮蔑的な意味で使われ、「mental」という言葉自体が偏見を生むように思えます。また、近頃ではポリティカリー・コレクトな言い方として「behavioral disorder(行動障害)」が好んで使われるようです。しかし「mental illness」あるいは「behavioral disorder」とひとくくりにされている病気も体の中の1つの臓器である脳、または神経の病気です。だから、「心のもちよう」とか、「病は気から」といった、そんなレベルではなくて、胃腸や心臓の病気と同じように何が原因なのか突き止めるところから始めるべきだと思うのです。そして、病気は人を選びません。精神が弱いからうつ病になるとか、そんなことはないのです。

 ところで、学会でも「psychiatric disorder(精神疾患)」と「neurological disorder(脳神経疾患)」を一つにすべきではないかという議論があるようです(「A Neurology and Psychiatry Merger: Quest for the Inevitable?」【英語】)。現在米国で、精神疾患に分類されるのはうつ病、統合失調症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、ADHD(注意欠如・多動性障害)、自閉症などで、脳神経疾患に分類されるのはてんかん、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症(MS)などです。上記の記事によれば、もともとは脳神経疾患という1つの分野だったのが、1930年代ころから精神疾患と脳神経疾患に分かれだし、一説によればそれはフロイトの影響とか。大雑把にいえば症状の原因を科学的に明らかにできないものが精神疾患にされているようですが、どちらも脳神経がかかわってくるので、境界はあいまいであるとしか思えません。例えば、パーキンソン病は昔は「精神疾患」とされていたのが、病気が解明されて治療法が確立された結果、今では「脳神経疾患」とされているのだそうです。(参考サイト【英語】)。

 そんなことを考えていたら、アメリカ国立精神衛生研究所の所長を務めるトーマス・インセル氏によるTEDトーク「精神疾患の新たな理解に向けて」という動画を見つけました。インセル博士も「Mental Illness」とか「behavioral disorder」という言葉が治療の進歩を妨げている、「脳の疾患」として考え直す必要があるとおっしゃっています。この20-30年で医学は大きく進歩し、例えば小児がんなら死亡率は昔は95%だったのが85%も低下し、心臓病の死亡率は63%低下、エイズでも長生きできるようになりました。どれも劇的な改善です。ところが、米国における自殺による死亡数はかえって増えています。そして自殺者の90%は精神疾患を患っている人たちなのだそうです。なぜ、精神疾患に関する治療がこれほど遅れているのでしょうか?がんや心臓病など身体の病気治療にとって重要なのは「早期発見・早期介入」です。精神疾患も「早期発見・早期介入」ができるようになるには脳の働きや異常を解明することが必要ですが、脳機能についてはようやく分かりかけてきたところなのだそうです。医学の飛躍的な進歩をもたらした人間の脳ですが、脳自体の解明ができていないというのはなんとも皮肉な話です。ただ、インセル博士によれば、今では技術の進歩によって精神疾患の症状が出る前に脳の変化を検出することができるようになってきたそうで、もしかしたら脳機能の解明による「早期発見・早期介入」が近々可能になるかもしれません。そして、今「精神疾患」とされている病気の原因がもっと明らかになれば、「脳神経疾患」との境界はなくなるのではないかと考えます。そしてそれは、社会的にも病気への理解が深まり、偏見が減ることにもつながるのではないか、とも。

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