解き放つ(Let go)ということ

 うつ病と不安障害で生活できなくなった娘を手伝うためにオレゴン州からカリフォルニア州のベイエリアに移り、二人でアパート暮らしを始めて3年経ちました。それでなくても広場恐怖症と社会不安障害があって犬の散歩が精一杯なのに去年はコロナ禍のロックダウンでほぼ引きこもり状態に。今年はワクチンのおかげで次第に周囲が動き始めており、娘もセラピーセッションに行ったり、たまにお店に行ったりと、少しずつ外に出るように努力しています。ただ、まだまだ回復にはほど遠く、心理的なものによるてんかん発作に似た症状が出るようになって運転免許証も一時停止になってしまいました。日本の8050問題も他人事ではないように思え始め、閉塞感に苛まれる中、セラピストの先生にダメ元でいいから私と娘が離れて暮らすようアドバイスされました。娘もなんとか一人で暮らせるようになりたいともがいています。そこで清水の舞台から飛び降りる覚悟で私は今度、生活の基盤をオレゴン州に戻すことにしました。もちろん当初は時々短期的に戻ってきて買い出しなど手伝いにくる予定ですが、基本的にはオレゴン州とカリフォルニア州で離れて暮らすため、私の方が心配で精神的にまいってしまいそうです。でも、そんなときに、以前のブログで書いたNAMI(全米精神疾患患者家族会)のセミナー資料を読み返していたら、「Letting Go」という詩をみつけました。誰が書いた詩なのかわからないのですが、今の状況にぴったりで私の背中を押してくれる言葉に心を打たれましたのでここに(私個人の状況に合わせて勝手に解釈した拙訳とともに)載せておきます。「Let go」とはなかなか訳しにくい言葉ですが、抱え込んでなかなか手放せなかったものを解き放つイメージがあります。私の場合は、娘を解き放つこと、そして私自身をこの状況から解き放つことです。

Letting go…

  解き放つということは…

Is not to cut myself off, but to realize I can’t control another person

  見捨てるということでなく、娘の人生を私が何とかすることはできないのだと悟ること

Is not to stop caring, but to realize I can’t do it for someone else

  心配するのを止めるということでなく娘の人生を私が代わって生きてやることはできないのだと悟ること

Is to allow someone to learn from natural consequences

  本人に自然の結果から学んでもらうこと

Is to recognize when the outcome is not in my hands

  私が結果を左右することはできないのだと悟ること

Is not to care for, but to care about

  世話をするのでなく、見守ってあげること

Is not to fix, but to support

  治してあげるのでなく、支えてあげること

Is not to judge, but to allow another to be a human being

  断ずることなくひとりの人間として認めてあげること

Is not to criticize or regulate anybody, but to try to become what I dream I can be

  娘を批判したり縛り付けたりせず、私自身が目指す人になろうとすること

Is not to expect miracles, but to take each day as it comes, and cherish myself in it

  奇跡を待つのでなく、一日一日を精一杯生き、自分を大切にすること

Is not to regret the past, but to grow and live for the future, to let go is to fear less and love more

  過去を悔やまず、日々成長して未来のために生きること。恐れを捨てて、もっと愛すること。

 

 考えてみれば、私はこれまで、娘が転ばぬうちに、怪我をしないように、とついつい先回りして手を差し伸べてきました。そのたびに娘は自分に対する自信を失っていったのかもしれません。「fear less」は「恐れを捨てる」というより、「それほど恐れないようにする」というのが正しいのでしょう。離れて暮らしていたら、娘は自殺してしまわないだろうか、ちゃんと食べているだろうか、パニックや解離に陥っていないだろうか、と心配は尽きることはありません。でも、その恐れを克服して、娘を信じてやることが、もっと愛することなのだ、と解釈しています。これはそばにいて世話をするよりも親として難しい修行かもしれません。まずは自分自身が親として成長することが(この歳になって、という感もありますが)娘の回復につながるのだと、この詩に教えられた気がします。

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